川崎回遊記(お店レポほか)

2018年末、某大手証券会社を退職。現在は、川崎駅徒歩圏内クーポンアプリ【掘り出せ!黒ダイヤ!】をリリース、運営しています!ここでは、「お店の体験レポート」や「活動の記録」、「仕事と絡めた時事への雑感」などを投稿しています。(いちおう毎日更新、仕事をサボらないように…笑)

悔しがる

変な夢(内容は憶えていません😅)を見たのだと思います…。

 

本日は、原因のよく分からない「不安感」を抱えての目覚めとなりました。

 

うーん。

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私、「不安」と「緊張」が嫌いなんですよね。

 

そうなる原因が、ではありません。

 

人間の機能としての「不安」や「緊張」が嫌いなんです。(ノルアドレナリンの存在?)

 

よく「痛覚」などは人間が命を維持するために、むしろ必要だと言われます。

 

「不安」や「緊張」も同じ類で、遥か昔の人類が体験した“命の危険”を回避するためのものなのでしょう。

 

DNAの贈り物です。

 

…ただですね、私がこれまで「不安」や「緊張」を感じたときの原因って、“命に係わるようなもの”が全然ないんですよ。(私に限らず、多くの人がそうなのでは?と思います)

 

大勢の前でお話しする際などは緊張しますが、「上手くしゃべれずに恥ずかしい思いをする=命の危険」だと体が感じてしまっているのだとしたら、「なんと弱いことか」と嘆きたくなります😅

 

しかも、「不安」や「緊張」を感じたときって、呼吸が乱れ、手足に力が入らなくなるじゃないですか?

 

これって、“命の危険から逃げるため”というよりはむしろ、“楽に終われるように麻酔が出ている状態”なのでは?(直接的な表現は避けますね😅)

 

まあ、“危うきに近寄らせないため”なのかもしれませんが、大体の場合において、これらを感じたときって「力を発揮して、切り抜けなければならない」ときだと思うんです。(恐い相手と対峙したときも一緒。全力で戦うか、逃げるかしなければなりません)

 

なのに、楽に終わるための準備を体がしてしまっているなんて…(T_T)

 

いらないです。

 

「不安」も「緊張」もいりません。

 

不安を感じる時間が1秒でもあるなら、その1秒を惜しんで行動していたい。

 

そう思います。(実現できそうな理想です😁)

 

以上、変な精神論でした(笑)